水面に波紋のひろがる速さにてわれらの時は奪われてゆく  守谷茂泰



生きている不思議を思う薬師寺の西塔も少し古びて立てり  槙村容子



乾草といえば言下に否定され競走馬ゆえ飼葉を与う  柏木進二



鶏頭の十四、五本ある家ふかく時計の竜頭のルビーが翳る  西橋美保



親切な村びとたちへ手掴みに軍庫にねむる釘を捌(わ)かちき  武田英男



繁雑な交通地図にそれぞれの色もて走る都内地下鉄  池田弓子



電線に並みてとまりし鳥たちの糞落つるとき確かな音す  楠田よはんな



えぷろんに顔をうづめて泣いて居る百年まへの映画ぢやないか  青木和子



少しづつ日脚は伸びて本棚のガラスの猫から生まれ出る虹  真狩浪子



縄文の工(たくみ)ら硬度七といふ翡翠穿ちき竹と砂にて  椎木英輔



秋深し徐々に落ちゆく視力もて芒野わたる風のいろ見る  細山久美



あかき月が今にも転がり出すやうに空地の向うの屋根に座れり  宮崎明子



夕闇のせまるにつれて路傍(みち)に待つ群衆の影ふくれて止まず  伊藤俊郎



思いっきり傘の雫を振り払う男ありたり硝子を距て  大場恭子



面白くないのに笑うところから人は壊れてゆくのであろう  武藤ゆかり



身を捨てて五体投地の熟れ柿よ鳥に食われて成仏をせよ  上原元



ふか草を払いてゆけばがま蛙目を閉じており武将のごとく  遠藤今曜子



青鬼(あおき)とう苗字の人が夕食のいさかいにより妻を殺せり  松木



さりげなく壁にチェロなど立てかけて……わが住む街のマンション広告  若尾美智子



鶏頭の赤に揺れるは報復の一語わが子に傷をつけられ  大橋麻衣子



朝はよし見える見えると針の目に糸通すとき気合いも入る  森下美治



空海は早足だったに違いないああそうなんだ同行二人  廣西昌也



太陽の塔>の背中に黒き顔日にいくたびも目に入りくる  若竹英子



ごんごんと音たてはじむ窓ぎわの大男めく水冷クーラー  神原僖美子



子の指紋親の指紋を身にまとひ浄化されゆく人形供養  山下柚里子



ゾーブとう球に身を容れ芝の坂ころがりくだる人ひとり見ゆ  織田梨花



名刺とは寂しき陣地小さき白ひとに預けてきょうを終えたり  森澤真理



椎茸を煮てゐる時はふつくらとした気持ちになる些事を忘れて  ふゆのゆふ



足元の小さな草に気づくとき背中は水のまるみを帯びて  佐藤りえ


 

                                                   (2007.2.4.記)