透き通るコード巻かれし街路樹を悼みつつゆく馬車道通り  金沢早苗



鈴掛の並木を都市の聖痕と思えば物語りめく暗夜  藤原龍一郎



玉子パンひとふくろ買ひ歳晩のちまた往き行く五十八歳  小池光



広告のネオンに見をりCRテレサテンとはかなしみの機種  多田零



たちまちに雨の匂いにとざされて雨に滅びる都市をこそ思え  高野裕子



誰よりも不幸な女に出会いたい映すテレビの姫君降嫁  八木博信



子の頰に天道虫のごととまる涙の粒に見とれておりぬ  鶴田伊津



さんさんと降る水しぶき一本のザイルに託すいのち耀う  谷口龍人



篳篥の文字より楽音もれきたるはるかに天山南路広がり  鈴木律子



暗きより運転手の顔のあらはれて地下鉄車輌が入りくるなり  斎藤典子



次々にトンネルに入りて味気なし車窓に映る乗客の顔  秋田興一郎



身ぎれいに暮らして老いてゆく男一束の葱うつくしく持つ  平野久美子



ジャムの瓶ふた開けきれず名を呼ぶもみんな此の世の外のひと達  野地千鶴



なにごとも他人まかせの彼奴でもあの時だけは自分で死んだ  諏訪部仁



半殺しあたりのもちがうまかりと小さき子らにわれは食わしむ  室井忠雄



我を離れゆきたるになほ洗ひ髪ぬれぬれと手にからむ執(しふ)ねさ  蒔田さくら子



泡立ててからだ擦りつつほとほとに飽けりからだは鍋より大き  酒井佑子



結露せる窓にびつしりくろき黴わが呼気をさへ養分として  菊池孝彦



掖久は屋久、海見が奄美遠つ世の島の名前に島眠りをり  渡英子



故郷の歴史資料館わがために照明が点き冷房がかかる  岩本喜代子



谷あひの里の午後五時やみの界街燈ごとに雪降りしきる  武下奈々子



卯の花は畑(はた)の境木 隣との間(かん)にをりをり花など咲かす  大森益雄



失礼の思いながらも寄贈本を「あとがき」だけ読み礼状を出す  石川良一



多忙がさらに多忙を呼びて金銭にかかはりあらぬ労働愉し  宇田川寛之



六十二億と0(ゼロ)を省いて書きあれば松井のギャラもさほどでもなし  大橋弘


 


                                                   (2007.1.28.記)