マッチ箱からまつち一本とりだして燐寸を灯すまでに音あり  みの虫



ニート>とは無気力の意味らしその人の両手を身障のわれは買いたし  阿部美佳



剥製の小熊を背負いて熊の胆(い)を売り来し翁いまに懐かし  竹村幸雄



駒の湯の煙突のあつたあたりから雪は降り出す暮れ方近く  大越泉



石段にいくつもの影ゆらめきて踏み外せば引き込まれそうなり  関浩子



新しき電池の力現れてほとばしり鳴る今朝の目覚し  渡辺幸子



自転車を置かれぬようにマンションの入口に鉢並べられたり  渡辺幸子



飛べない鳥は鶏のように産めばよいペンギンのように泳げばよい  生野檀



人の身もかかる匂ひか子豚やく煙ながるる夜の中華街(しなまち)  岡田幸



ただ待てば長き一分 牛乳を電子レンジにあたためる朝  柴田朋子



家々に本のしづけさ満ちる路地 表紙のごとくとびら開かる  柴田朋子



みかん箱ひらけばみかんいつせいに静まり返りみかんの顔す  柴田朋子



斑猫と斑(まだ)ら猫とのちがひなどどうでもいいけど灯り点けねば  佐和美子



いま教室に不審な男が入りたりと避難訓練の声のとほりき  山本じゅんこ



かるがると落ち葉吹かれる日だまりはやさしい秋の集まるところ  森谷彰



イルミネーションこのきらめきは誰のもの飾り立ててもさびしい地球  森谷彰



コップの破片散らばる中にしゃがんでた来ないでね来ないでね母の孤独は  谷村はるか



伸びるだけ伸びてふつりと消える影立冬はその野末より来る  林とく子



孝行したい時分に親はまだありて温泉行きをせがまれてゐる  菅八重子



三人が僕を指さすから焦った 四人しかいない夕霧の森  久保寛容



ハヤブサの真昼の狩の不手際も抱きていよいよ高き空かな  久保寛容



往く象と帰りの象がすれちがひ山道いつぱいに耳がひろがる  矢野佳津



仔を生みて衰へしるき白猫の木の実のごとき乳首あはれ  菊池尚子



人の道は大いに解れど住職は女性心理をまたも解らず  竹川富佐子



                                                   (2007.1.26.記)