鍵穴につめたき鍵をしづめたり夕闇より濃き家ぬちの闇  渡英子



冬の雷とどろくたびに騒立てるわが肉叢に山河ありけむ  倉益敬



薔薇園に冬の薔薇(さうび)の午後の影傾くものはわれを囲めり  春畑茜



確かなる影もつ昼のビル街にパンプスの音たかく響かす  金沢早苗



くりくりの目をした男には子が多いと統計学的傾向のあり  室井忠雄



だいだいの飴だまうすくなりながら濁れるそらの舌に消えたり  本多稜



鋼板は裁断さるるたまゆらに甘きにほひを放つと知りぬ  本多稜



家族みな寺社におもむく午前二時昨日の続きを新年と呼ぶ  水谷澄子



氷の河となりたる橋を渡りゆくこの辺境に生き抜く人ら  西潟弘子



円環を閉づるがごとく眠る犬円の外がは風に吹かれて  松村洋子



到来の金色をした鮭缶はゴミ袋にても異彩を放つ  生沼義朗



初孫の誕生祝いの餅背負い妻いそいそと飛行機に乗る  石川良一



歌の稿抜き取り去りし封筒のやまはしづかに卓上にあり  小池光



読まれない歌集のやうに霜げたるポインセチアは初春(はる)の路上に  高田流子



大気圏に突入したる熱をもて最後のページ書き上げかかる  泉慶章



バブルよりヒルズへと至る漂流記記(しる)さぬままに日々は過ぎにき  梨田鏡



ポケットにぬくぬくといる三匹は駅前評判の美味な鯛焼  知久安次



母親を殺したときも五年後に殺す姉妹をめぐる双子座  八木博信



氷点下続く戸外に吊さるる新巻鮭の歯の尖り鋭し  阿部凞子



ひとしきり≪がるる≫と唸りいたりしが≪焦がるる≫までに尾を振り振り振る  依田仁美



スメタナの称うるモルダウ近づきつ遠のきつわが旅に沿いくる  高山美子



ひとりいて忘れいしかなふたりいてひさびさおもう退屈の虫  村山千栄子



励ましの葉書くださる人の文字分かりやすさは力と思う  関谷啓



ばさらばさら白髪にのる音ありて小沢征爾の「運命」を聴く  檜垣宏子



蓖麻子油(ひましゆ)のにほひ漂ふ部屋に『キイハンター』をこつそりと観し  橘夏生



狐塚暮れつつあはれ往還の自動車なべて赤き尾を振る  西王燦


 


                                                   (2007.1.25.記)