双眼鏡に青きハヤブサ入りきて喜ぶ空はあたらしきかな  久保寛容



降る雪の音は聞えず聞えねばひとりの音に林檎嚙みをり  中島敦子



屋根の上(へ)に象が何頭いるだろう降り積りたる雪の重さよ  中川厚子



スノーボードの裏に描かれしサイケ模様色の楽しも宙に浮くとき  秋田太一郎



心から滑べりおちたるもの多し 足元に光る銀色(ぎん)のクリップ  蜂須賀裕子



三十歳になんかならない筈だった命が一つ両足で立つ  幕田直美



ぬけがらをまたつかまされ枝豆とわたしのふたり遊びは続く  谷村はるか



別世界に生きる人かな和三盆も茨木のり子も知らない友は  渡辺幸子



日常に隠れた主語を探すため上司の言葉を二度くり返す  滝田恵水



吾が顔を丸くうつして本当は怒っていてもコーヒースプーン  森直幹



お互ひの齟齬がふくれてかうなつてああなつてやがてどうなつてもいい  安斎未紀



年が上なだけであだ名は父さんの父さんとぼくらの同じ時給  斉藤斎藤



関東風の大きな父を抱っこする機内持込手荷物として  生野檀



建国日日の丸掲げし夫倒れ我が町内より日の丸消えぬ  青木フサ子



花薺(なずな)ひとり摘み来て茹で上げて淋しき量(かさ)を味わう夕べ  杉深雪



蕗のたうをゆがくひたす揚ぐ和へる春のかをれる動詞はやさし  菅八重子



便利さを売り物にするコンビニのオーナー家族の集えぬ不便  前田靖子



この本が文庫になるまで生きられる保証は無しと言いて購う  津和歌子



吸い飲みを今日も洗いぬ病棟の春の光の届かぬ場所で  立花鏡子



虎ノ門JTビルの壮大な石の建築を見よ愛煙家  本田翠



キムタクが倒れてゐるとの設定で人工呼吸の講習を受く  忍鳥ピアフ



宮里藍荒川静香ダルビッシュいづれも宮城出身ならず  洞口千恵



 

                                                   (2007.1.16.記)