春の陽を背にのせきたる白き猫われのかたへに濃き影をおく  森脇せい子



夕暮れのわたしはどんなに畳みても元に戻らぬ朝刊のよう  高木律



愛されしヨハネを思えば動脈は歇(や)むなくめぐる紫色に  塩野朱夏



「バス」を「馬車」と聞き違へたる電話口 朋の遠方より来るはたのし  萩島篤



春捜すドライヴに出づホルダーのペットボトルに細波たたせ  洲淵智子



ユニクロのビル堂々と建ちをれば銀座もつまらぬ街になりたり  小出千歳



淡口のしやうゆ香れる麸の一品五分粥食のわれに甘しも  梅田由紀子



ほのあかき土佐文旦よ大政の奉還見とどけし容(かんばせ)のごと  高島藍



メコン川のやうなる茶色の封筒に熱帯植物の切手を貼りぬ  関口博美



山の手の横浜獅子吼教会の甍に月の光はおよぶ  川井怜子



画面からはなれてへやを明るくしてよい子のわたしが観るドラえもん  河村奈美江



見つめらるるをなりはひとせし俳優(わざをぎ)は美醜を問はず色気醸せり  黒田英雄



夫短気われは呑気な古時計長短の針なかなか合わず  大町敏子



電波時計十万年に一秒の誤差といはれてすつかり買へり  村田耕司



物語の主役はなべて歳月とふ「天声人語」の引用うべなふ  水原茜



少しずついろんな時間が失われチョコの包装紙が増えていく  根本つぐみ



広告は葬儀、病院、寺ばかり 囲まれ朝のホームに立てり  早川清生



一本のボールペンいま使ひきる何か手柄をたてしごとくに  菊地威郎



宴会のさなかに焼かれ聲も無く死にし鮑の数、十五なり  田村よしてる


                                                   (2007.1.16.記)