さくら花堤にあふれ咲く午後の犬の歩みはわが影に添ふ  春畑茜



大地に向うスペルマなるや降り止まぬさくらさくらを孕ましてゆく  足立尚計



「散るさくら残るさくらも散るさくら」余命知らざる人らが集う  野地千鶴



花みちて仄かにくらききざはしを黙しつつ行く影をあはせて  大谷雅彦



烙印は押される前に押せばよしゆふべの岸に花明かり見ゆ  菊池孝彦



漕ぎゆけば自転車灯は次つぎに舗道に散れる花びらを見す  林悠子



最果ての終着駅にベルがなるココデ誰モガ溜息ツイタ  倉益敬



やはらかき日ざしよろこぶ駅ホーム一羽の鳩を遊ばせてをり  三井ゆき



シシカバブ屋台に買ひてししくしろうまき羊のウルムチに来つ  本多稜



旅先の佐瀬冨士子から届きたるハガキに妻となる前の文字  大森益雄



八幡屋礒五郎唐辛子小缶は一万円借りた友への土産  永田吉



国葬にするから死ねとせまられし元帥ロンメルすなはち死にき  小池光



死刑囚にも支給され冤罪のガサガサの肌うるおせニベア  八木博信



蕗の薹包まれきたる新聞紙に鈴鹿俊子の死を見い出しぬ  高田流子



レジ袋の口をテープにとめながら「殺したろか」と男つぶやく  平野久美子



父よりも二十年以上生きてゐるわたしを誰も褒めてくれない  中地俊夫



やはらかな瓦のせたる家並の日向(ひなた)にゐても老いてゆくなり  渡英子



叶姉妹がばばあになるを見るまへにわれは逝くのか残念無念  大橋弘



干されたる足袋は真白し誘はれていつか納まるいきすだまの足  多田零



節分の豆をまきつつ不覚にも「福」をわが家に招いてしまいぬ  石川良一



蔓草のようにわたしと居りし子がすくと地に立つ木になりてゆく  鶴田伊津



梢たかく鷺とどまりぬ確かなる位置を占めつつ在るもの浄し  原田千万



仮名(ルビ)振らば美しからむ言葉あり、叔母(をば)と鯨(くぢら)と紫陽花(あぢさゐ)の藍(あゐ)  西王燦




 

                                                   (2007.1.8.記)