臑囓りをいまはニーチェといふらしい祖母のききかじり美(は)しきままとせり  高澤志帆



みづうみのおもてに散り敷く花を踏みイエス日本の春を訪ふ  西橋美保 



「深き河借りてゆくよ」と少年はわが書棚より一冊を抜く  山中重子



朝(あした)からウルトラマンでもあるまいに腰に手を当て歯を磨きをり  田中浩



鳥毛立女VS石臼男の論争をぼんやりと聞く職員会議  有沢螢



一斉に鳥のはばたく気配して真白き辛夷咲く昼となる  守谷茂泰



ああつひに跳ばざりし男両足を失ふといふ我喝采す  志賀耿之



横たはる鳥のごとしと母のこと思ふおもひのぬぐひても消えず  佐々木通代



抱え込むわれの時間の外側をピエロの玉乗りゆっくり廻る  菅ふみこ



こつこつと時(とき)刻みたる<deathwatch beetle>すなわち死番虫のこと  井上洋



桜花しだれしだれてうつしよのをみなごひとり消してしまひぬ  山科真白



声上げて泣くこと増えし四十代ラジオの闇にパトラッシュ死す  森澤真理



街角にモデルハウスの案内板もつ人がをりけふ万愚節  稲吉佳子



みづたまりうすくあらはれ春雨の道のゆがみをあらはにしたる  花笠海月



水溜りに逆さに映る木々のうち孟宗竹のみ大きく動く  竹脇敬一郎



足並みを揃えていれば仲良しの主婦ら真昼のガストにたまる  大橋麻衣子



ベランダの王たるわれは東京に珈琲の樹を植えて死なしむ  若尾美智子



風強き日のリビングは風の道チューリップ全開にひらきてみだら  水川桂子



ブランコの揺れに酔いたる童女負い人買いのごと街なかに消ゆ  森田直也



イーオンの車内広告 遠からずその微笑の上を這う炎(ひ)よ  内山晶太




                                                   (2007.1.9.記)