お互いに食むために生れし生命に満ちて春ある国は美し  武田正史



百円のパンツとシャツを買ひて着る気楽な体ふはふは歩く  菊地威郎



弁当のおかずのごとく間仕切られ焼肉店に集ひしわれら  泉山和美



うつむきて浜辺を歩む若者は立ち止りざまに海背負ひけり  森脇せい子



満開の桜の下に一人居て開くことなき私(わたくし)の花  二子石のぞみ



父娘(おやこ)旅三日もすればいさかひのひとつやふたつ天安門暮れる  田村よしてる



池の辺のベンチに坐り惜しむなり花の終はりを妻の四十路を  中辻博明



春水にそそぎ浄めて死者あらぬ墓石に夫と手を合はせたり  取違克子



配られし町内長寿番付の四五二位にわが名連なる  荘司竹彦



生後十日の児に届きたり十一桁の住民票コード通知票  竹内タカミ



海に入る子亀のやうにいつしんに我に這ひくる子を抱きとめる  水原茜



啄木に似たる男がアイフルの前にたたずむ春のゆふぐれ  岩橋佳子



いつかはきっとコロボックルが落ちてくる湿りたる傘差し開くとき  山本照子



夜の更けの部屋にもとどく遮断機の鐘の音(ね)澄めば明日は晴天  河内尚



あまりにも同名多き名をよして俳号つかはむ初燕来ぬ  さつき明紫(旧 白山太郎)

           

 
                                                   (2006.12.29.記)