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◆「太陽の方向」天野慶
隕石にぶつかるほどの確率のはずの事件が毎朝届く
「白亜紀の掟」について語られて眠くならないほど愛がある
◆「赤信号青信号」生野檀
雷鳴の合間をぬって豆腐屋が豆腐を売りにぴいぷうと来る
死後のはた未生の闇に還るべく最終電車が行ってしまう
◆「ふたたび白昼夢」猪幸絵
父も母もどこか遠くへ行きたいという歌を聴く遠い日曜
連なった鳥居の奥は朱暗(あかぐら)くどのあたりから非日常か
◆「はなびら」宇田川寛之
地下鉄に運ばるる朝、目をつむりやはらかに闇引き寄せにけり
てのひらにのるはなびらをもてあます子の頭(づ)を撫でてゐる昼下がり
◆「荷物」生沼義朗
宮里藍の美醜つらつら思ううち急行は千歳船橋を過ぐ
荷物とはこのようなもの。今日明日食うものばかり袋に提げて
◆「野放し」大橋麻衣子
違和感をおぼえ口から取り出した歯ブラシは掃除用 目が覚める
火曜日は児童の安全まもるためわが子ほったらかし旗をもつ
◆「この素晴らしき世界の斉藤」斉藤斎藤
さざなみにさざなみまじるその上を渡されてある見るための橋
新大阪で乗り換えて
差別的な落書きを見たら駅員にすぐ知らせるべきだとわたしも思う
教会が炊き出ししてる 坊さんが托鉢してる わたくしは
◆「ずぶぬれになってこい」佐藤りえ
誰も見てはかえらぬような波を描くからにはずぶぬれになってこい
ひとりずつ坐れるように区切られたベンチばかりの春のあけぼの
◆「靴音」柴田朋子
座ししまま眠る浮浪者 その浅きねむりにひびくわれの靴音
居間、廊下、寝室 順に灯を消して消すことのできぬ(われ)は眼を閉づ
◆「いまだ見ぬ猫」高澤志帆
おたくのが遊びにくるとほほゑまれいまだ見ぬ猫われにゐるらし
はつ夏の開襟シャツののどぼとけあまたの父と乗る電車なり
◆「乾く」谷村はるか
関東の夕日の赤はひりついて乾いた町へ乾いて帰る
関東の蕎麦屋の出汁と有線のりりィの声にからみつかれる
◆「キッズ・スペース」津和歌子
絵本でも読んであげよう絵本ならおかあさんだってたぶんいいひと
むかしむかし竹を割ったらおんなのこ 桃におとこのこ みんな 捨て子
◆「子守唄」鶴田伊津
喧騒も風景として通り過ぐわれは子の生む音だけを聞き
家中の蛇口締め直してみても水の流れる音消えずあり
◆「ひかり」花笠海月
呼吸するはやさで明滅するひかりちさき機械にやどりてゐたり
うなぢよりそびらおりゆく早春の空気ありたり襟よりはいる
◆「空爆日和」藤田初枝
ザルカウィ遺影ならねば血つきたる顔写真の放映さるる
梅雨の間の心引かるる空の下空爆日和の街を歩かむ
◆「五月闇」洞口千恵
光太郎智恵子展 愛と芸術は狂へるも惨狂へぬも惨
敵のゆび喰ひちぎりける義元のぬばたまの歯よ五月闇濃し
◆「ぐるり」本多稜
罅亀裂壊れんばかりの柱われ六時間寝てすがしく立てり
共産党本部なりしが電光の株価きらめく証券取引所(エクスチェンジ)に
◆「セリカ」松木秀
散り残る最後の花のさびしさやTOYOTAセリカもついに消えたり
衛星の白黒テレビという妙な受信契約があるを知りたり
◆「エンタシス」松野欣幸
月光をあびて輝きたるみれば道路清掃車うつくしき夜
エンタシスおもはせて立つあかつきの裸身は母となる燦をおぶ
(2006.12.25.記)