飛び込むも飛び乗るも良しホームにて「間もなく来ます」の表示点灯  菊池孝彦



蟻を殺しなめくぢを殺し自らを幾分の一か殺しけり今朝  酒井佑子



今ははやひすがら微睡む老い人の脳裡にうねるか麦秋の野は  望月さち美



ひもすがらよもすがら降る梅雨の雨わが残年の雨の量思う  川田由布



こどもの日やがて母の日逡巡のごとき日々へて父の日がくる  八木博信



界雷のすぎゆくまひる街角のヴェンダーマシン輝き始めつ  川明



爺さんやなう婆さんや茶柱は立たねど自動販売機があるのです  吉岡生夫



阿片窟ならねど暗き快楽の空気澱める梅雨の古書店  藤原龍一郎



うつ向きて読みゐし本を閉ぢたればむかひの席の膝なまなまし  秋田興一郎



鷗外の怒り茂吉の怒り読む本にいづれ男はかはゆらしきかな  西村美佐子



人の世の禍福あざなふ新聞紙もて包みおく安手の赤絵  武下奈々子



何も見ず何も思はず座してあればスクリーン・セーヴァーの猫立ち上がる  真木勉



八朔を剥く指十本それぞれの役割ありてばらばらに動く  関谷啓



はつ夏の身を放たれてのびやかにはだらの牛は草をあゆめり  春畑茜



山道にぽつねんと春の灯台のごとく立ちをり夜の自販機  倉益敬



うたひつつ修学旅行の一団は海の底へとはこばれゆきぬ  小池光



上昇する直なる意志は開発区に巨大建築群を生れしむ  吉浦玲子



ヤマヒダレに惡の収まる「べし見」なる文字を探して一日過ぎ越す  西王燦



白驟雨つめたしいまも頑なに女人を拒み土俵ありける  長谷川莞爾



            

                                                    (2006.12.26.記)