自転車を毎日こいで主婦われはこのまま空を飛ぶかもしれず  早川志織



飛ぶときも人の身丈の域を出ぬオホゴマダラの領すくさむら  渡英子



せいよくの淡くなりゆき、せいしゆんのただなかなりし歌読みかへす  宇田川寛之



おおいなる口現れて食われいるわたしの骨はひかりに充ちて  西潟弘子



神様といかな取引せしや否 喜寿越ゆる父母のいさかひ果てず  菊池孝彦



いづくより吸ひあげきたる水ならむ赤き西瓜はただに悲しき  三井ゆき



すたれゆくもののひとつやリアカーは運動会用大綱はこぶ  室井忠雄



葉桜の影より出でて歩みゆくにんげんの体(たい)透けゆくまひる  高田流子



地図の上に夜見と美保との向きあふは女男交合の神話のごとし  西王燦



新しき世界生(あ)れくる予感あり激しき雨の微分積分  倉益敬



夕暮れのカフェ・パウリスタ硝子戸を悲に喜にひらく傘の行き交ふ  春畑茜



あじさいはつゆおもりして八王子「東京天使病院」の庭  今井千草



曇天の膜がはがれて明るみぬ黄檗駅を過ぎたるあたり  多田零



野毛坂に白き老婆がしゃがみこむ遠い昔のような淋しさ  梨田鏡



不意にわくこのさびしさは何ならん梢の青葉そよとも揺れず  藤澤正子



白毛(はくもう)の鼻毛(びもう)いつぽん引き抜いてわがこころ玉(ぎよく)のごとくにしづか  小池光



ゲームボーイの中の戦争リセットし俺の両手が戦前となる
半島よりミサイルはくる絵本には手紙をよみて赤鬼が泣く  八木博信



過熱するナショナリズムを柳沢さましてくれて君ありがたう  大橋弘



過ぎ去りしものは愛(うつく)したとふれば煙草くゆらす橋本龍太郎(ハシリュー)さへも  橘夏生



生きざまとわれをな呼びそ生きかたは濁音ならず清音でいく  吉岡生夫



物音のひとつも聞こえぬ二階なり妻と娘のいること怖ろし  宮田長洋



わが夫の胃の腑に注ぐ水分を第三のビールに下げて夏闌く  武下奈々子



うつろなる現の中に子を産みてわれは萎みし風船である  鶴田伊津



満ちてくる有明海に身一つを漕ぎ出だし"ちょっと掬ふ"漁あり  松村洋子



あをあをと氷の海に置かれたる秋刀魚三匹かひもとめたり  神代勝敏




                                                    (2006.12.24.記)