何もかも包んでしまっている母の終い忘れのひとつか我は  磊実



チェーンソー唸りほどなく合歓の木は倒れつ影に吸はれるやうに  佐々木通代



音楽が鳴れば体は揺れだして海があったら飛び込むだろう  猪幸絵



明方の雷ひびくなか冷蔵庫に卵のいのち茫と点りぬ  守谷茂泰



三味線屋、つづら屋、刃物屋営みの古き店舗の軒低くして  加藤満智子



或る時は修行僧なりある時は忍びの者として牛乳配れり  大滝世喜



一週間に三度タクシーで帰宅せる身体しきりに西瓜を欲す  服部みき子



お誘ひのメールに返す「溶けるので九月になれば会ひに行きます」  庭野摩里



処女にして代用教員たりし日の姑の頬のほのまろきこと  西橋美保



運河から夜通し水の音がして越えるべき夜の長さを思う  佐藤りえ



恐るべき爆弾飛んできたる日も阿呆のように仕事するのみ  武藤ゆかり



勝負服かラッキーカラーか 参観日Yシャツピンクの担任あらはる  真狩浪子



切り取った鼻三日月にぶら下げて安き眠りに就きたし あわれ  岡田悠束



ぬばたまの黒き日傘を傾げさす顔なき女とすれ違ひたり  田中浩



なつかしい方角を辿っていけば少しずつ強くなる死んだざりがにのにおい  内山晶太



                                          (2006.12.16.記)