電子辞書の翅をたためばひいやりと蝶のむねはら単四ふたつ  梅田由紀子



邪魔者は消せ的発想プーチンもブッシュもカタヤマ部長も同じ  藤田初枝



キンピラに一割まじる人参の味をたのしむわが愛国心  みの虫



もの言ひて次の展開待ちゐるにすかんぽのごとき言葉返りき  室山郁子



毛沢東をケザハヒガシと読みし人蟹の季節になれば思ほゆ  洞口千恵



百円のとけいを圧力鍋に入れじつくり語らうダリとかたらう  佐和美子



指つきの靴下はけばその日よりゆび十本の嘘もちあるく  三浦利晴



おもしろくないことばかりありてなお缶コーヒーは熱くて甘い  森直幹



指を切ることさへできぬ薄紙に旧約聖書は刷られてゐたり  松野欣幸



父とゆく中座帰りのづぼらやの河豚はとほくて夢にも会へぬ  平居久仁子



朽ちて立つ樹の哀しみを聴かねばとひしと抱きしめ耳当てる 冬  やはしとし



頭布の中のこぼるる笑顔が大根で重心とりつつ畝越して来し  山田幸



ふり返りふりかへりゆく九十九(つづれ)道もみぢのあはひに秋の空見ゆ  近藤かすみ



黴止めにブランディーかけし干し柿はほのかに酔ひつつ秋陽に揺るる  山本じゅんこ



精いっぱい生きて来たとはいえなくて雨に濡れいる廃車と私  栗林菊枝 



敵もたぬ男の口から夢といふ言葉漏れるを嘘寒く聞く  黒田英雄



中途半端な障害ゆえになにごとも中途半端に恨み恨まれ  阿部美佳



消息を知らせぬといふ消息の知らせ方などむかし覚えき  西尾睦恵



いくつもの名をもつ猫と名もしらぬ青年(おとこ)の仲を少し羨む  蜂須賀裕子



蝶になる蛹の思いリフォームの騒音ほこりにじっと堪えいる  野中祥子



妻留守をよいことにして庭いっぱい雀に米をばら撒いてやる  森谷彰



生死には関わりなけれどせつせつと円形脱毛の男をはげます  井上春代



突撃と並ぶベッドをかいくぐり沖縄戦士徘徊して死す  深津禮二



「しつけ」とふ言葉もちゐて虐待をする母親と無職の男  正藤義文



美しいこの国を映すハイビジョンテレビに汚職の字幕が映る  菅原和江



     ☆



< 卓上噴水 130 >

「柚子の実」 竹浦道子
昼までの用事七か所けふわれは風女なり右往左往す
紋白蝶(もんしろ)に決死の覚悟あるやなし花舗へゆらゆら入りてゆけり  
ふつと背を押されそのまま前のめりに歩くやうには老いてゐられぬ
と或る日のてくてく老女われの母まなざし遠く煙(けむ)と消えにき
<柚子の郷>古里町の善き人に母いただきしひとつ柚子の実
ひとつ傘に身をよせあひてバスを待つ靴の先より雨はのぼり来