「記憶不足」猪幸絵
降りながら消えてゆく雪さっきから噛みあっていない会話であった
風船を手放すようにあきらかな別れ方する 割れずにいけよ
ぴらぴらと枝毛はひかり突風のホームに女は踏んばっている



「あかつきに来る」高野裕子
「日本は滅ぶね」と言い顔を拭く男がときおりあかつきに来る
冬の日は暮れれば暮れる一方でもう取り返しつかぬではないか
亡父(ちち)に言う言葉さがしてあかつきの唇さむく目覚めてしまう



「朝寒」室井忠雄
朝寒(あさざむ)の底に出でればかすかにも錆びる大地のにおいのしたり
直会(なおらい)は神人共食(しんじんきょうしょく)両端を削った箸で食をともにす
麦つくることなくなりてこのむらにひばり消えたり鳴き声もまた



なっちゃんはいま」内山晶太
携帯をにぎるてのひらと思うときしずけき冷えはてのひらに寄る
“次第に速く”老いてゆく父これほどにまぶしい朝の楽曲として
朝光にふともこころは肯けり死ぬときにただ壊れゆく声