自転車はサドルを高くして待てり東口(ひがしぐち)から出でくるわれを  谷崎瑳江子



紅さされデイサービスの迎え待つははのぬけがらとぬけがらのはは  朝生風子



譲り合ふ人と人とが譲り合ふゆゑにぶつかる冬の街角  斎藤寛



キッチンにココアを練れば不覚にもふぐりは揺れてをとこでありぬ  斎藤寛



滑らかにつながらぬ我ら 黒鍵を間に持たぬ「ミ」と「ファ」のごとし  里川憐菜



バス停に顔並びゐて焼き立てのパンのやうなる朝の乗り降り  平柳ミツ子



善人(ぜんにん)が阿修羅(あしゅら)のごとく着膨(きぶく)れて乗りゆく乗りゆく中央線に  甲斐幹男



女性としての生霊(いきりょう)もあるというのにがまんしてとぼとぼと歩む人生  篠塚京子



焼き増しはL判六枚四切判(よつぎり)三枚に八つ裂きが一枚  萩島篤



手拭の生地干されたる冬空を蕩けるやうな白き雲浮く  藤ヶ谷壽一



かなしみは怒涛のごとく押し寄せて夜の駅舎は黒々と立つ  堀口澄子



消音のテレビに人とにはとりの追ひかけつこを見るはさびしも  弘井文子



「あなただけに本尊見せます」と堂守りは来る人ごとに言いて開扉す  大町敏子



すみれ色おびる鋼(はがね)の色と思(も)ふマンハッタンの空はいつでも  梶崎恭子



くれなゐの瑪瑙の鉤(ち)もて魚釣りし縄文人のすがたをおもふ  阪本まさ子



手触れつつ「お前の耳は福耳」と言いたる夫の今日十三回忌  伊藤直子



梅咲けば梅見る位置に朝餉する四つの椅子の二人となりて  川井怜子




                                                (2007.5.25.記)