「真白(まっしろ)な鳥」早川志織
誰もいない体育館はみずうみに沈んだ町の音がしていて
木蓮のつぼみ聞こうと耳奥の小さき闇をふくらませたり
三月の車掌が白い手袋で指差す先の線路、菜の花



「寒雲」春畑茜
たましひが濡れてをるなり夕刻の雨なかに立つポストもわれも
洟をかむ音のにごりを包みつつティッシュ二枚のちひさくなりぬ
あはれ無言の餅の一族ひるすぎのガス火のうへの網にならべる



「夜空」井上洋
期待値を超えることのなく一日はすぎ異国より大彗星の報
西陽あびニコンハウスにならびいるマニュアルフォーカスレンズ数々
数寄屋橋ゼブラゾーンに二の腕をさらす女がわれを追い越す



「栞」川本浩美
月曜ひるの通天閣をのぼりゆく自意識のあはき一塊(ひとくれ)として
ゆきずりの川のほとりの「故池田警部殉難之碑」も記憶の栞
   神童寅吉ノ事
天狗に攫はれて空を飛びしとふ寅吉はさびしい少年の筈




                                                (2007.5.24.記)