「春の顛末」斉藤典子
ダリ展のチケット購ふいくつもの不合格通知受くる子のため



「おもひで」大橋弘
六歳のころかさびしく食堂で母とうどんを食ひしおもひで
母の苦を歌に変換するわれを酷い息子と妻よ言ふなよ



「春の雪」藤本喜久恵
新しき舗装路黒く光りゐて生れしばかりの春の雪吸ふ
菜の花の中の菜の花びつしりと黄に埋められて菜の花の中



「行方不明」大森浄子
みづからの内へ折れゆく虚力(うつぢから)ひとまづ水に解放したり



「綺想曲」和嶋忠治
霧さめの傘のもとにてすがりくる白きかひなをへびともおもふ



「落ちる」松永博之
花八つ手錆びて落つれば轢れたりスロープ降る車椅子の輪に



バイオマス」泉慶章
廃棄された蜜柑の山に群がれる思念の虫はわが脳を出る



「どうぞ」北帆桃子
病棟の長き廊下のその先に夜を点せるショッピングモールが見える



「うた紀行」永田吉
青空に逞しく立つ入道雲いいたいことをはっきりと言う



「二人妻」谷口龍人
それぞれに一人暮らしの三人も括って言えば家族は家族



「早春」今井千草
関東平野春一番は訪れてひびきやさしくなりたり土鈴



「ラストマッチ」八木博信
グローブを着ければ何もつかめない殴るほかなきボクサーとなる
ささやかなファウルカップに守られて小鳥のごとき男の陰部
すぐ切れる一重瞼よ今日もまた世界の上半分が見えない
殴られるときより殴るとき強くマウスピースを噛みしめている
抜錨のごとくアッパーカット撃つ虐げられし俺の位置より
バンテージを解けば拳がしどけなく貧しいだけの手の平となる



北斎の波」木曽陽子
首すじの青き光を眼に追えば鳩は鳩らに紛れて歩む
静心(しずごころ)なき春が来て歩み出すイメルダ夫人の千足の靴



「三月の歌」西勝洋一
やっかみの強きに加え酒癖の悪き同期の消息知らず




                                                (2007.5.24.記)