◆「十年剥がれる」天野慶
制服が剥がれたのちの十年は鮮明な夢(であるという夢)
おっぱいをさぐる子供に起こされる(いつでも今がいちばんいいや)



◆「玻璃刑」安斎未紀
電線にしがみつきたる白き鳩風強き朝の生は揺れをり
くちなはのゆるくほどけて陽溜りにぷらちな色のひかり流せり



◆「おやすみ」生野檀
ウサギたちよブッシュに花を食べさせろ残りは顔のまわりを飾れ
<お父さんの顔パン予約受付中!>デスマスクより好(よ)き趣味ならむ



◆「リプレイ」猪幸絵
旅終えて家に近づくほどに増すさびしさがありTSUTAYAへ寄ろう
凭れればとたんに消える壁だろう腹に力をこめて突っ立つ



◆「深夜のプロレス」上原康子
固まったストレス弛緩させたくて深夜にひとりプロレスを見る



◆「世帯主となる」魚住めぐむ
水道もガスも電気も責任も開通させて世帯主となる



◆「時間の断片」宇田川寛之
五月雨に濡れ背骨より重くなる 並木の前を傘もささずに
アスファルトにかかと鳴らして夏蝶を追ひにし吾子の振り返りたり



◆「Iターン」江國凛
八雲立つ出雲大社の境内に常新しき祈り溢れる



◆「かわいそうなジョナサン」尾方裕
かわいくない女子高生が話すのを見ている体は骨で立ってる



◆「不整脈 風光明媚(7)」生沼義朗
生活の不整脈なり。日に数度はつか水吐く蛇口ありたり
団地には団地の空気濃くありて眠くなりおり訪問者われ



◆「無様のきわみ」大橋麻衣子
甘ったれるにもほどがあるしてほしいわかってほしいほしがり女



◆「十年」河村奈美江
小波(さざなみ)の如き感慨三十を先に迎へし同期のあれば



◆「 ○ 」木戸真一郎
母校より新進歌人出たること若からぬ我もはやねたまず



◆「しあはせに生きる」さつき明紫
胸板がはんぺん一枚厚くなり三島由紀夫の気持ちがわかる



◆「わたしたちは」佐藤りえ
生きているものに気づかれないように来てはしずかに去る霊柩車



◆「京都へ」芝典子
京都へはデートで行きたしとふ願ひ叶へられた日は遠くなつて



◆「途上の家族」勺禰子 
また今朝も滑り込む九時人の汗は無駄に流せばこんなに臭い
天駆けの小角(おづぬ)を置いて降りてきた。道知らなくに途上の家族



◆「ダイエット」高澤志帆
山盛りの赤キャベツの葉をほほばりて三十(みそぢ)噛む間(ま)に淋しさは来る
    ビリーズブートキャンプ入隊
「努力すれば痩せる」とあたりまへのことビリーに叱咤されて腕立て



◆「今年の夏」高田薫
全開のアマリリス抱き明日を語る祖母と暮らしぬ今年の夏を



◆「齢(よわい)」高山雪恵
年下の君がわれより老けた面も持つ お互いに三十をすぎ



◆「四月、五月、六月を少し」竹田正史
緩やかに風の輪郭なぞりつつさくらのはなびら空に満ちゆく



◆「ツケ」田所勉
つけ麺を求めて集う子羊に神父のごとく麺を分けたる



◆「電子のロンド・カプリチオーソ」津和歌子
メンデルスゾーン怒るすがたを思い聴く電子のロンド・カプリチオーソ



◆「福井市「KAWAI」順子ママへの挽歌」谷村はるか
喜怒哀楽すべての情は微笑みのあなたほど強い人はなかった



◆「滑車」鶴田伊津
年表の余白に射しし月光は歯牙を削れる匂いまとえり
傘の柄のゆるきカーブに掌を沿わすまぶしき朝に真向かいながら
忘れゆくすべてのものを汲み上げて体のなかの滑車はまわる



◆「鋏を」冨樫由美子
    夜の校舎
点点と窓に明かりが灯りをり沈みゆく豪華客船のように



◆「 ○ 」砺波湊
七歳の母が怯えたお蚕のするどき咀嚼が充ちていた部屋



◆「Love communication」冨田真朱
服の色迷った時のためにいて。たまにはキミの言いなりになる



◆「春景」内藤健治 
羽三たび打ちたるのちはその身をば風にまかせて大鷲の舞ふ



◆「青ボールペン」中野粒
なおらない自転車はんぱに伸びた髪そんなタイミングで夏がきた



◆「海の哺乳類」
魂の抜けて端から乾きゆくウエットスーツ春風に揺れ



◆「合図」花笠海月
共にゐるあかしに嘘をつくときに同じことばをわれらはつかふ



◆「金鵄」洞口千恵
水張田をすべりゆく鷺のしろき影ひと畔ごとに小さくなりぬ
夏立つや携帯ショップの店員のわれより酷き顔に安らふ
あずさゆみ春は病む間に過ぎにけりわれの金鵄はいづくより来る



◆「モスクワへ」本多稜
きけば「ゑ」と同じものらし「ヤッチ」とふ文字がロシアにありにしといふ
モスクワの地の下深くどの駅にも鋼鉄製爆弾処理箱ありて
はつふゆの雨のあしたのうたごゑにイコンのかほのほのかにゆるぶ



◆「汚い字で書いた歌」松木
郵政民営化ののちも鬼太郎の「妖怪ポスト」に手紙は届く
本棚に仮の秩序をまずつくりそれから部屋の掃除にかかる



◆「犀の角」松野欣幸
日月の戦ひの傷しるくして木肌裂けたる阿像吽像
なにごともなき一日をかへりきて大根を切る 慧可の左臂(ひだりて)



◆「 ○ 」丸井まき
透明なくせしてしっかり影だけは色濃く残す水滴を見る



◆「外堀道中膝栗毛」本橋外堀
東海道中膝栗毛読む我に空しく響くシュプレヒコール