「水の上で歌ふ」武下奈々子
真夜中のフェリーの揺れに見たる夢醒めざるままの歳月眩し
川波が微塵に砕く夕茜あすは異なる水と思へど
苦しみて産みし記憶もさやさやとこよひ螢の河に身を置く



「濃淡」渡英子
木の椅子にながく座りて目瞑れど死者のこゑなど遂に聴かれず
われに未だ死の匂ひ無く花虻の重低音のまつはり止まず
戦死者にも濃淡のありビルのあはひサフラン色の月緊りたり



「どこまでも緑…」青柳守音
どこまでも緑であれば悲しみもやや薄らぐとふと母が言う
はつなつの海を眺める母の眼に満ちてくる霧われには見えず
息でくもる夜の花屋のウインドウかッとみひらく眼が花にある



「さみどり」神代勝敏
抽斗にまたもどしたり亡き父の入院治療計画同意書
新世紀赤ちやんポストにつけざりき捨子の発句驟雨まぼろし
顔出しし実生薔薇(みしようさうび)の二葉みゆ水滴のやうなみどりをもちて