駐輪場の錆のうきたる長き塀この世は辛くて寂しいところ  矢野千恵子



操縦技優秀士官皆散華着陸下手吾八十四歳  上原元



海に向くパラソルひとつ砂の上にあを濃き水のごとき影置く  下村由美子



ありえない論理で姪はわれに勝つモハメド・アリ戦の猪木のやうに  高澤志帆



わが心読みつつやおら立ち上がる犬を引っ張り夜道を歩く  竹脇敬一郎



偽物の竹垣なれど本物と同じ手順に結はれゆきをり  杉山春代



待ちあわせの人と出逢へぬ催涙雨 ケータイにより滅びしことば  有沢螢



熱い飯をかっ食らうように手に入れた妻ではあるが酒で泣かすか  石川武



新しいきみの彼女を思わせるチューリップぜんぶ首切ってやる  大橋麻衣子



給食の牛乳びんにいっぱいのしずく毎日が現象だった  谷村はるか



たこ焼きのごとくくるりと返るなり朝な夕なに夫の機嫌は  三木伊津子



満月を切り出した石でできているみたいな夜の国会議事堂  佐藤りえ



十五首中七首どうでもいい歌を混ぜるわたくしミートホープか  松木



雨の歌異様に多く傘の歌異様に少なし佐藤佐太郎  松木



朱の色の薄くぞなりて金魚死す癌病む母の唇の色  磊実



他人からああはなりたくないと云ふ人生を僕は生きてしまつた  田中浩



おとがいの線やや緩みたるユーミンの金粉ぶわんと散らす高音  森澤真理



風強き三月の夜灯を消せば巨き耳となりて澄めるわが部屋  守谷茂泰