電源を切ればテレビは沈みたり斬首されたる敵将のごと  春畑茜



たたまれてあるを開けば息つきて傘は濡るるを喜ぶごとし  相川真佐子



ロバの耳、死んでも言えぬことありてあの食品のあれはアレです  林悠子



こゑ荒げ吾子を叱れば号泣は未開の大地を揺らすごとしも  宇田川寛之



ゆくりなくぶつかけうどんにしぼらるるライムにおもふ号泣のさまを  多田零



時蕎麦の親爺も俺も知らぬまに数えあやまり夜は更けてゆく  八木博信



明けぬ夜はなしといへども絶不調 泣かぬ宮里藍の眉濃し  蒔田さくら子



<牛乳を注ぐ女>に群がれる一人となりて朝を立ちおり  西勝洋一



     (後藤直二氏の歌集に教へられて)
雛尖といふ美しい言葉もて触れば濡れてゆく冬の罌粟  西王燦



「赤手(せきしゆ)」とはあかぎれの手にあらざるなり六十すぎてその意味を知る  小池光



角と角打ち合ひゐたる牡鹿の負けたるが走り去るとき迅し  松村洋子



ひたすらに眠りつづける老い人の額つやめく窓のひかりに  佐々木通代



風さむき朝の鏡に見てをりぬ首のあたりより老いてゆくこと  吉浦玲子



河沿いのブルーシートが風に鳴り怪盗ルパン変身せしか  藤原龍一郎



ためらはず優先駐車スペースに停めて降りきし人と目の合ふ  大橋弘



渡されし安全ピンの安全をはかりつつ子の胸にとめたり  鶴田伊津



この夏の暑さを越えてみな甘く少し小さき蜜柑届きぬ  平野久美子