「メヌエル」多田零
メニエールよりもメヌエルがふさはしいかかりてみればこの病ひとは
おもてには車の音す雨の夜のとばりに傷をつけつつ走る
しろき花瓶はわがてのひらに運ばれてふと愛玩のうさぎのごとし



「大晦日まで」岩下静香
雪ふれば雪ダルマという単純に子らは従い一体を成す
たちまちに靴底の雪みずとなり詩歌の棚に我は近づく
プール湯をウォーキングする人達の傍をくろぐろゆく最上川



「味覚減退、その前後」生沼義朗
味蕾とはすりへるものか埋まるものかとにかく味を感じなくなる
10、000の味蕾はなべて機能せずそれでも舌は自在に動く
一枚の器官のために買いにゆく失地回復運動(レ・コンキスタ)としての亜鉛



「あと十年」上原元
とめどなく六甲颪に散る枯葉 軍(いくさ)に追われし我らに似たる
かにかくに八十四(はちじゅうよ)歳となりにけりあと十年は勝手過ぎるか
年越し蕎麦啜りながらに思うこと一年の無為一年の老い