暁の四方(よも)の紅葉のただなかに緑の賢者楠の樹は立つ  松岡建造



日の落ちて寄せては引きゆく波際に黒ずみてなほ黒く立つ人  田上起一郎



村田兆治139kmを今も投ぐ腕高く吾は冬の窓拭く  吉岡馨



砂の匂いこぼす男の眠りさえしずかに運ぶ東京メトロ  砺波湊



雑駁な思いを混ぜて混ぜまわし胃の腑に落とす朱の混ぜご飯(ピビンバッ)  金二順



つぶつぶと魚卵を口から吐くやうな露西亜語講座ラジオの女声  吉岡馨



散り果てしのちあきらかとなる梢ほそしするどし怖いものなし  宮崎稔子



わたくしと世界のあひだにいちまいの精製悪しき板硝子あり  弘井文子



手のわざの多しと言へど君の背にまわした十指で拝む観音(くわんおん)  三島麻亜子



妹の作りし白菜よく巻いて青虫ともどもわが家に届く  小野さよ子



しっかりと口を閉じいつ苛立ちに不意に言葉を放つを恐れ  石川普子