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釘を踏んでゆるゆる薄くなってゆくタイヤのごとし何もせぬ日は 今井千草
耳ぞこに絹糸一本はりおきて降りつむ夜半の雪の音きく 寺島弘子
沈黙の臓器のごとき地下鉄のホームに夜が青ざめてゐる 倉益敬
鬱の字の木と木の間(あひ)に缶は立つ冬のをはりの雨溜めながら 春畑茜
濁っても止水であれば鏡とはなるこころもて収入を得る 生沼義朗
陽だまりで温めましょう麻痺の半身とさびしき俺の全身 八木博信
われの手で伐り倒されし杉の木はいずれも深き雪に埋もる 石川良一
しきたりは口で語って耳で聞き意外に固く守られてゆく 武藤ゆかり
けざやかな死に焦がれたる日も遠く独りは孤りの花の道行く 野地千鶴
早稲田通りの茶房の奥にたぎりたるサモワール、二月のサモワール寂し 藤原龍一郎
玄冬の浪の響(とよも)す能登輪島娑婆捨峠の断崖(きりぎし)に来つ 小川潤治
五十年ぶりの大雪
夜となりて<クラブ竜宮城>まへにさらに降り積む蘇州の雪は 吉浦玲子
銭湯の湯に浮かぶバラの花びらがみなわれに寄りくるは瑞兆ならむ 山寺修象
ゆくたびに晶子の歌碑に手触れ来ぬ美男といふとこ晶子といふとこ 永田吉文
兄という深籠(ふかかご)の愛が揺り守(も)りて『一点鐘』の妹のうた 池田裕美子
かうかうと軒の氷柱を研ぎつづく月のもとにて姉逝きたまふ 和嶋忠治
ただに愚直に来しのみながら責めとして負ふべきは負ひつくししとおもふ 蒔田さくら子
三椏の枝はまさしくみつ股に枝分かれして春の風くる 小池光