閏日の黒岩沢に日はおよび角まだ若き鹿がたたずむ  庭野摩里



子の背丈標せし柱のある家に雨ふりおらんしずかな雨が  村山千栄子



キルケゴールの語源を問えば教会の庭なり即ち墓地の謂なり  宮田長洋



きさらぎは戊寅(つちのえとら)の日のひかり犬と人とが乳をわけあふ  松村洋子



沈丁を鼻を頼りに探そうか自分に飽きてしまいたる日は  鶴田伊津



一生懸命は苦しむさまぞ眼と口を開きすぎたるヒラリー・クリントン  斎藤典子



食終へてねむれる母のかたはらに選歌稿ひろげをりたりし幾度  小池光



オーボエの第一音が金色の綿羽(わたばね)帯びてバッハ始まる  岩下静香



平等院鳳凰堂よ匂いたて貧しき俺の十円玉に  八木博信



さびしげに俺を見るなよ千円の野口英世のリーゼントヘア  八木博信



べつとりとコートに付きてゐし街臭部屋の空気を動かしにほふ  明石雅子



角のなき春の鹿なり食み終えてひとかたまりの臭い動けり  平野久美子



まためぐりかくやはらかき雨の降る北半球のにつぽんの春  三井ゆき