「清徳丸」谷村はるか
   久保山さん久保山さんとわが祖母は縁者のように日々口にする 石本隆一
吉清(きちせい)さん、と耳が聴くとき久保山さん久保山さんと呼ぶ人の声
それぞれの船にそれぞれ海へ出る理由 人生は演習じゃない
航海長当直士官水雷長艦長海士長幕僚長



「将軍たちの夜」八木博信
悲劇とは静かに速く貞淑に迷いなく来る自動操舵で
イージスが守る女神とわれわれの将軍たちのやさしさと嘘と
願うより深し祈るより強し夜明けの海に放つ陰膳



「可笑しくて」和田沙都子
をさな子はピンポーンが好きピンポーンと言ひつつ鳴らす抱き上げられて
寂しいは錆びるが語源と教へくれし河野裕子が箒(はうき)もつ『庭』
本当のことゆゑ可笑し可笑しくて心底寂しどの歌読みても



「春愁」野地千鶴
嘘も誠も綯い交り居る世に生きて齢(よわい)90傾(なだ)れ乍らに
沈丁花匂う庭先ゆるゆると猫はからだを擦りつけて過ぐ
たどたどと往きて帰りて足元の切なくなりしを亡き夫に云う



                                                   (2008.8.20.記)