たつぷりとインクつまれど字の書けぬボールペンのやうな人に会ひました  川井怜子



川の字に寝たる記憶のごと風に触れあいており家族のパジャマ  前田靖子



間違えて乗りたるバスに揺られつつ虹たつ橋のいくつかを過ぐ  柊明日香



真夜中に鋭くひびくベルの音途切れて闇はあたらしくなる  近藤かすみ



初恋の切なさに似てせり上がるうつ持て余す擬似更年期  生野檀



この朝の秒針の音のたしかさはよき体調の故かと想ふ  佐々木和彦



みちのくの桜ようやく咲き初めるこの後れこそわれらが愉悦  会田美奈子



抽出の遺品の眼鏡かけて見き夫の視野に棲みし五十年  新井礼



なまぬるきシャワー浴びつつことごとく流されていく吾を思えり  森直幹

                                                                                                                                              *澤田厚子(旧 中川厚子)                                    (2008.8.20.記)