■
たつぷりとインクつまれど字の書けぬボールペンのやうな人に会ひました 川井怜子
川の字に寝たる記憶のごと風に触れあいており家族のパジャマ 前田靖子
間違えて乗りたるバスに揺られつつ虹たつ橋のいくつかを過ぐ 柊明日香
真夜中に鋭くひびくベルの音途切れて闇はあたらしくなる 近藤かすみ
初恋の切なさに似てせり上がるうつ持て余す擬似更年期 生野檀
この朝の秒針の音のたしかさはよき体調の故かと想ふ 佐々木和彦
みちのくの桜ようやく咲き初めるこの後れこそわれらが愉悦 会田美奈子
抽出の遺品の眼鏡かけて見き夫の視野に棲みし五十年 新井礼
なまぬるきシャワー浴びつつことごとく流されていく吾を思えり 森直幹
*澤田厚子(旧 中川厚子) (2008.8.20.記)