対岸に乳歯のような灯はともり河のいちばん優しい時刻  森澤真理



夜の雨屋根を叩けば耳ふたつ在ること不意に罪人(つみびと)めきぬ  守谷茂泰



秒針が四十三秒でつまづいてのぼりきれないやうな静寂だ  矢野佳津



きみの手にいまだ萎れぬ鬱金香わが手にあればいたぶるものを  大橋麻衣子



亡きがらの父を座敷に移すべく七段飾りの雛仕舞はれき  下村由美子



春のみづ柄杓にすくふときのまのわが身は誰の生まれ変はりか  洞口千恵



夜桜に表も裏も照らされて人の手足の行き交いにけり  守谷茂泰



函館がまだ箱館でありしころの正教会に三月の雪  松木



首ながきモジリアニの女人たち長きといふは傾くことらし  青柳泉



ひとりいる時間が歌を詠ましむとやっと気づきぬ五十を過ぎて  小林登美子


                                                   (2008.8.24.記)