■
アルキメデスの鼻唄 伊波虎英
蝙蝠がねむる真昼の洞窟を秘めもつわれら春に昂る
緋のバイク疾(と)く駆りたきをぬねぬねと家々めぐり郵便夫老ゆ
ゆび先に魚信(ぎよしん)のはつか伝はれど『41歳寿命説』獲(え)ざり
ジェラシーの濫觴(らんしやう)ならむ頤(おとがひ)のかみそり傷に凝(こご)る暗紅
枝々の疼(ひびら)くさまに花びらを散らすさくらの告解をきく
怖ぢ怖ぢと壁くだりゆくゴキブリは硫化水素の比重をもてり
風呂場からアルキメデスの鼻唄のごとく漏れくる腐卵臭はも
「死ぬんやつたら一人で死ね」と念ずれどセカンドゴロにランナーも死す
かみそりの三枚の刃のさざ波の寄せては返すわが面(つら)の皮
牛蛙かつて鳴きゐし田に家の建ちて夜な夜な泣く被虐待児
バックライトが切れた画面に顰(しか)め面(づら)寄せてお詫びのメール打ちゐつ
気休めに厄神さんを訪(おとな)へば八重の桜のいま盛りなり
東光寺男厄坂四十二段 わが独壇場にのぼり下りする
そこはかとなき哀しみをにじませて白き象笑(ゑ)む矜羯羅のした
赤獅子は制多迦をのせ玻璃越しに山門をゆくわれを睨みき
音信のしばし途絶えしひとに添ふ心のごときルビ、杪春(べうしゆん)の
腕まくりすればうぶ毛は耀ひて公孫樹並木のみどり羨しぶ
少女神クマリに破瓜期(はくわき)だしぬけに訪れるごとひらくパラソル
ちよん切られ散らばる花はとろとろと揺れてゐたはず目借(めかり)の時を
メープル風シロップの風(ふう)を甘んじてホットケーキにしたたか垂らす