地下へゆくエスカレーター長ければ時計の針がにはかに狂ふ  関口博美



羊カンを六つに切れば切り口は五つか十かないともいへるのか  西尾正美



間口狭き刃物屋に並ぶ包丁の刃渡りは奥へゆくほど長し  吉岡馨



寄り掛からずシャンと自分で立ちなさい 週に一度はファイルを直す  金二順



たまに行く歯科の無口な看護婦とともにしづかに歳重ねをり  坂本能章



地上にはおもしろいことあるらしいアスパラガスが頭出すとき  黒河内美知子



スカートとズボンを重ね穿いてをり包装過剰とも違ふなり  野上佳図子



豊かなる乳房ひしめく牛舎には湯気あがりつつ雄牛はゐない  田中曄子



水田に早苗植うる手はなすときかならず生まれ消ゆる水の輪  高木律



ひとつづつ違ふ浅蜊の紋様はのつぺらぼうのわれに眩しき  春野りりん



加害者も被害者もまた卒業の文集の言葉引用さるる  犬伏峰子



つややかな月光菩薩仰ぎみる少年の喉まぶしかりけり  伊吹礼子



ひとさじの砂糖加えて混ぜるべし親子四人の住めるこの部屋  今井つとむ