日常はあやうい日々の連なりで振り向くともうそこにない橋  天野慶



極太のマジックインキで数本の白髪をなぞり都心へ出向く  生野檀



身篭ってついに悲しくなることのああ少年にはなれなかったよ  猪幸絵



泡立ちがウリですという石鹸に溺れるように顔を埋める  上原康子



幼子と戯れひとひを区切りゐつサラリーマンの頃は吾子居ず  宇田川寛之



学びゆく日々はいとしい 一日の重さが増していくような春  江國凜



単調も重なりたれば様となり、打ち合わせに出るバームクーヘン  生沼義朗



杏ジャムの小瓶に浮かぶとうめいな点字かなしく指先を載す  河村奈美江



「これが最後のチャンス!」と毎月送られてくるベネッセの「こどもチャレンジ」  勺禰子



乳房に触れる男と血を分けて世に在るわれに降れ 春の雪  ソガカナメ



広島の宝よ前田、傷ついたアキレス腱ごとわれらの宝  谷村はるか



チョコレートに汚染されたる精神が溶けながらきみによりかかりおり  津和歌子



子の描く丸に目鼻の描き込まれやがて手足の生えてきたりぬ  鶴田伊津



面白いことはないかと訊いてくる<エンタメ亡者>の友を怖れる  砺波湊



パチプロと言はれ二年を生き抜きて今職工の己をわらふ  内藤健治



いくたびも手をかざしけり静脈のかたちと<われ>が一致するまで  洞口千恵



二十年後の週刊誌には『認知症 島耕作』の連載ありや  松木



終バスの去りししりへに点々と置き忘られし停留所あり  松野欣幸