睡眠の少なき我をふうわりと空に浮かべる木犀の香よ  吉川真実



押し返されて一段下がる。階段も前進する気がないと上れぬ  生野檀



石ころを蹴りつつ歩むという遊び半世紀あまりしておらずなり  川口かよ子



秋真昼足にからまるわが影を蹴とばしながら歩いてゆけり  蜂須賀裕子



戯れて芝に倒れるこどもらは空飛ぶかたちでうつ伏している  久保寛容



十歳の『小さいおうち』を読むこゑに真実お家が可哀さうになりぬ  矢嶋博士



投げ捨てしパンの欠片を拾ふとき小さき歯形は手の平に載る  河村奈美江



全幅の信を預けて眠る子の持ち重りしてひまはり畑  尾本直子



泥酔の義兄(あに)を怒りし母逝きて叱られてゐたる義兄(あに)も逝きたり  安達正博



博打にはこれ悉く敗れたりげに然りわが人生なれば  内藤健治



一首成すは一体の仏像を作ること西行の言葉に身の引き締まる  中島敦子



いきり立つ女をしづめまあまあと爪収めさせ「妥」は成り立つと  村田耕司