現れる度に倒してきた壁はわたしの姿で腐り始める  大橋麻衣子



懐中電灯持ちて夫のあと追へば殺す気かとわが手をつかむ  三木伊津子



軽やかに鈴を鳴らして来る猫のその鈴の音に秋は来にけり  小田倉良枝



観潮楼の間取りが頭に入っている吾は鷗外の家庭オタクぞ  秋山夕子



生きていることの審査にパスしたり自動ドアーは音立てて開く  森谷彰



秋の陽は給水塔の頂きに嘆きのごとくとどまりており  守谷茂泰



朽ちてゆくことさへ知らぬ節くれた拳のやうな檸檬がひとつ  山科真白



村上春樹ノーベル賞の予定稿「いつか」という名のフォルダに仕舞う  森澤真理



皮膚うすくなりたる父を洗いゆくスポンジなんども泡立てながら  平林文枝



原爆ドームの向かいに球場があったこといつか未来に、誰に話そう  谷村はるか