だいこんが葱がだんだん甘くなる布団に毛布挟みし日より  渡英子



自転車の荷台に載りて過ぐる箱特上十尾と言ふ字の赤し  梶倶認



D51の上から手を振る子にわれも手を振り返す さよならさよなら  鶴田伊津



いとやさしう声掛けてくる僧侶ゐて子供のやうに頷きてをり  檜垣宏子



晩秋の蚊を潰したり生き延びて色めく我の血を潰したり  倉益敬



秋の蚊のふはりよりくるごときにも神信ぜよと声はちかづく  高田流子



ある日ふと顔の黒子に気づく様にすべては忍び足で来るなり  大橋弘



どんな話も聞いてくれる人のようにゆで卵がつるんとむけた  木曽陽子



みづからの白さ誇らぬ白鷺も泥みのはてに暮れてゆきたり  大森益雄



貧弱な貘の尻より愚かしくわるくちをいふ口が近づく  小池光



銀杏の落ちて匂へる道の端はけふの悪意の芽生えるところ  高田流子



落葉松の林をすぎていちまいの看板にあり「大声を出せ」  佐々木通代



ふかふかの食パン一斤ほどの量(かさ)もらいていずる心療内科  松永博之



捨てられるブラウン管が鮮やかに映す小室哲哉の捕縛  八木博信



遠くへとブーメラン放つ感覚にひとり遊べば晴ればれとして  紺野裕子



病人のあまたの足が踏む床に矢印のあり左右に分かる  井上洋



隣室の水音漏るる独身の鹿のごとくに青年棲みて  西王燦



笥に盛らず握りて飯を食みおれば差異こそ楽し晩秋の昼  西勝洋一



花八つ手咲きてしづかな夕つ方鍵かける音大きくひびく  三井ゆき



エレベーターの▼のボタンを押したがる子に見送られけふも出でゆく  宇田川寛之