春が来た 西太后さへうきうきと列なして買ふ「堂島ロール」  橘夏生



学校の外を流れる時間見ゆ京急電車行き来する窓  岩下静香



勝敗にいのちを削る一生(ひとよ)とは縁なきままに見る竜王戦  生沼義朗



三日目の花瓶のバラはひらききり写真の母を半分かくす  木曽陽子



にわか雨過ぎたるのちのビル街は待ち受け画面のように淋しき  佐藤慶



水の上をえらび落ちくる花びらとおもへるまでに揺れつつ流る  高田流子



花かごの把手のごとき虹の下一村落はかがやきにけり  三井ゆき



ことごとく死者への道よ落日に向きて合掌してゐしは祖父  三井ゆき



どくだみの十字花としてここにある運命は悲しき匂ひを放つ  小池光



軽薄な正義感といふものあり唆(そそのか)すごと歌をつくらす  小池光



ゆくりなく人の訃知りぬ 若き日の齟齬のゆくすゑかくて見届く  蒔田さくら子



公園の足湯に浸(つか)るも浸らぬも春は伊東のうららかな午後  今井千草



おんなちんどん屋二人並んで世の中に悲痛のことのなきがに踊る  宮田長洋



また浅き眠りより覚め一日がわけもわからず始まっている  八木博信



「はまったら名前変わってしまいまっせ」水流はやきに運転手言えり  林悠子



中華料理店営業前に外へ出る油まみれの桃太郎像  岩本喜代子



口閉じて物食ふをんな何かかう我慢してゐるやうに見えたり  山寺修象