耳の裏側くすぐり逃げてゆく風の 人間好きの風かうらやむ  柚木圭也



三十三の風車といへり一つ見え二つ見え見えざる三十一の風車  酒井佑子



元号を自(し)がいのちもて繋ぎつつ黄金の稲穂に身を屈めたり  渡英子



足元を波に洗われわたくしの失くしたものに価値などなかった  鶴田伊津



十年間ははの介護は我任せ義弟義妹の顔忘れたり  山本栄子



永遠に中年のまま生きようか黒糖焼酎ちみちみと舐め  森澤真理



ハンドルを揺らすほどなるゴミの嵩両手に必死の静脈のあり  松崎圭子



はじめての花火見上げる娘らは声なきままに我に抱(いだ)かる  村田馨



ぶつかけうどんに汗たらしつつTV見ゆ新韓流スター姜尚中あはれ  橘夏生



二ヶ月を猫飯食ひて血糖値正常となる笑ふしかなし  ふゆのゆふ



びっしりと詰め込まれたる綿棒が全(また)く無くなるまでの歳月  中地俊夫



線香の伽羅の薫れる朝の部屋かなかなかなととほきひぐらし  三井ゆき



川幅の広くなりたるところより水はにほひて夏をはりけり  小池光



請求書おくりおくられ帳尻をあはせなんとかくらしてゐたり  宇田川寛之



おほかたのぢぢいは帽子脱がぬままデパート食堂にランチ掻きこむ  川明



水色のカーテンをもて囲まれしベッドは歌の六首を生みぬ  古屋士朗



一方が逃げ惑うとき一方はにやけつつ矢を放つといえり  武藤ゆかり



マイク持つ右手のふるへに気がつけば穂村弘に親しみは増す  大橋弘



わが意志はいかなる象してゐるや夏空に雲湧きあがる見ゆ  原田千万



嫉妬とふ言葉に女ふたりあり葉月のをんな卯月のをんな  春畑茜



泣き止みし緑児に笑顔投げかけて泣かせてしまうこの世は辛し  知久安次



逝きたりしひとらを思うおおかたはものにぎやかにたべいるところ  村山千栄子



射しこみし月の光にぬれながら榾火の煙は小屋をいでゆく  松永博之



母が問ふ父の齢を九十と応ふれば泣く「そんなのいやだ」  紺野裕子



永遠に終わらぬごとき炎天に等身大のガンダムが立つ  藤原龍一郎



われは良き主人ならねば事故死とか突然死にも未だ遇わざり  橘圀臣