医師の言ふ出産予定日季節三つ越えたる先のやさしき数字  河村奈美江



突如、文語に口調かわりて呪を放つライトノベルのなかの魔導士  砺波湊



どしゃ降りにひたむきに漕ぐ自転車を置き去りにして行ってしまおうか  今野智恵



死ぬまでは生きるわれなり手のひらにまろばせているあおき実ひとつ  佐山みはる



スイスでは商店医院教会が老人施設のビルを囲めり  脇屋のぶこ



湛えたる蓮田のひかり散らしつつトンボの群れが飛び立ちゆけり  荒井孝子



奪ひ合ふものなどもたぬわが生にラ式蹴球まぶしかりけり  関口博美



絡み合う電線の下駅までを急ぐ早朝会議のために  森直幹



雨のなか傘をささずに犬歩む渋谷道玄坂あめのゆふぐれ  渋谷知子



エコポイント一万四千点の冷蔵庫墓石のごとくキッチンにたつ  野中祥子



隣席のうら若きひと全頁白紙の本をひたすらに読む  斎藤寛



遠吠えもせぬ犬たちはネクタイのやうな尾を垂れ水をのみたる  松野欣幸



若かりし石川不二子の写真からツクバネウツギの花の匂ひす  長谷川知哲



夕暮れに掃除機かけるそのすがたピレネーの山の牧人のごとし  越田慶子



八月は失語の季節ラケットの先を見つめて生徒は動く  芝典子



恋情が夜のしじまにそよぐころPARCOのAの赤はせつなし  田村よしてる



とぎれゆく記憶つくろひひそやかに母は七行の手紙をくれぬ  水原茜



甥の子を迎えて抱く シチリアのならず者のようにやさしく  久保寛容