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――死す。として終わった伝記あっさりと死は訪れる他人のうえに 猪幸絵
峠には峠の風ありのぼりつめ振り向きしとき帽子とばさる 立花みずき
横顔を誰もが二つ持ちながらつかいどころは凌霄花(のうぜんかずら) 梶田ひな子
薬玉のわれたる後の雅子妃はやややつれたり空母進水 有沢螢
くつしたをはいて眠れば冬がくる小鳥のような暮らしに変わる 谷村はるか
まがりつつ太る苦瓜みづからの重みでやがてまつすぐになる 矢野佳津
緑色の虫が踏まれてそこにある踏まれても踏まれても緑色 津和歌子
ダマスカスの書店に見つけしSUDOKU(数独)の超難問が夫へのみやげ 和田沙都子
古き本に挟まれている栞には虫達の鳴く夜が染みており 守谷茂泰
ニホンザルにはつかない蚤に愛されて斎藤茂吉はニンゲンなりき 花鳥佰
わたくしの涙を舐めに来る者の耳は夜半の風にそばだつ 大越泉
孤独なる山城新伍の死にざまに下句(しものく)さえも思い浮かばず 松木秀
時計屋の椅子に座りて神妙なり命あずくる者のごとくに 西川才象
べにしじみのせて揺れゐるひめじおん逢ひたきひとは亡き人ばかり 下村由美子