「おかあさん」と抱きついてきしをんなのこはしりさりたり未来のわがこ  高澤志帆



残酷がやさしきことばで語られる童話の背表紙なぞりておりぬ  鶴田伊津



かなしみをそうは呼ばずに抱えいる少女の使う薄き鉛筆  岩下静香



夕ぐれを草刈る人は帰りゆき夏草のなき空地がのこる  木曽陽子



マシュマロが腸詰に変はるかなしさにわがみどり児に筋肉(にく)付きはじむ  本多稜



私は縫い綴じられているようだある朝ふいにかなしくなりぬ  高野裕子



山手線の窓に見てゐる夏雲のどこまでもどこまでも東京の空  高田流子



ポストまで郵便物を出しに行くこのたのしみは捨てがたくあり  小池光



この里の外れにひそと置かれたる秋の扉の今朝ひらきなむ  武下奈々子



焼け跡の柱は黒しただ一人歌い疲れしロッカーに似て  八木博信



ねじ花のねじれ具合はよろしけれこころ貧しき人多き地に  石川良一



引く潮の音やさしけれ幾億の魚のまなこも夕ぐれてゆく  平野久美子