植木屋のはさみ鳴るそら極月のわが誕生日なにごともなし  紺野裕子



はんぶんの細好男(ささらえをとこ)に見送られ残業帰りのこはくないのだ  高澤志帆



みどりごがはじめて硬きものを得つ 下顎前列乳歯生え初む  本多稜  



右足を前に掲げて踏み出せる広告ポスターやけに目につく  生沼義朗



いつしらに月日ながれて見開きの海を去りゆくなんばんの船  春畑茜



アリストテレスの提灯をもて何食みしウニの棘皮に触れて玄冬  三井ゆき



姉いもうと仲良きことをよろこびて父親われに涙はわきぬ  小池光



機窓開け果てまで白雲(はくうん)踏みゆかばきつと遇ひ得むかの亡き人ら  蒔田さくら子



「来ーい来い」と亡母(はは)の口真似なしながら時間をかけて尿なしをり  多久麻



亡き母の聞きし空襲警報をわが聞かざりきその親不幸  藤原龍一郎



『俳句的生活』とは何 生き方や死に方までを説く長谷川櫂  明石雅子



一人だけ知りゐしひとが亡くなりてがらんどうなり○○団地  山崎喜代子



映画館で見るゴダールとDVDで見るゴダールはやつぱりちがふ  長谷川莞爾



タクシーの斜め前方大き虹かかれど話題は広がりゆかず  林悠子



人類のもっとも陽気な深呼吸アコーディオンは空へ膨らむ  森澤真理




                                                             (2010.3.1.記)