■
大いなる物への恐れ入れる為人の脳には小さき空あり 岡頌子
上の歯で下くちびるを押ふれば「いかんといて」を言はないで済む 勺禰子
きつくない言ひやうなどはあらざると碗もて蒟蒻ちぎる夕べに 高橋とみ子
真白なる鯛焼き売らるる歳晩を怒りこらへて買い物をする 水田まり
柿ひとつ胃の腑にをさめ耿々(かうかう)とひと憎みをり霜月ゆふべ 田中曄子
「また夢になるといけねえ」三遊亭円楽(えんらく)のサゲの間合いを真似てみるなり 佐山みはる
「動物が起こす奇跡」に美しく涙する人をコタツにて見る 砺波湊
たくさんの光を乗せてモノレールゆつくり闇を食べはじめをり 保里正子
ただ遠く湿ったらちいさき穴としてきょう満月を車窓より見る 中井守恵
秋深し母の記憶が舞い落ちる昨日が今日が落葉のように 木村悦子
しくしくと童のやうに亡く義母(はは)を守りする義父(ちち)は泣くな泣くなと 朝生風子
歳月の中に目鼻を落としたる石仏は石へ還りてゆけり 荒井孝子
会話なく無口に髪を切る男この緊張は嫌いではない 上原康子
むらさきの看板「スナック洋子」あり住宅地のなか朝日を浴びて 野村裕心
シャボン玉吹けば見知らぬ幼らも一斉に駆け寄りて声上ぐ 河村奈美江