大いなる物への恐れ入れる為人の脳には小さき空あり  岡頌子



上の歯で下くちびるを押ふれば「いかんといて」を言はないで済む  勺禰子



きつくない言ひやうなどはあらざると碗もて蒟蒻ちぎる夕べに  高橋とみ子



真白なる鯛焼き売らるる歳晩を怒りこらへて買い物をする  水田まり



柿ひとつ胃の腑にをさめ耿々(かうかう)とひと憎みをり霜月ゆふべ  田中曄子



「また夢になるといけねえ」三遊亭円楽(えんらく)のサゲの間合いを真似てみるなり  佐山みはる



「動物が起こす奇跡」に美しく涙する人をコタツにて見る  砺波湊



たくさんの光を乗せてモノレールゆつくり闇を食べはじめをり  保里正子



ただ遠く湿ったらちいさき穴としてきょう満月を車窓より見る  中井守恵



秋深し母の記憶が舞い落ちる昨日が今日が落葉のように  木村悦子



しくしくと童のやうに亡く義母(はは)を守りする義父(ちち)は泣くな泣くなと  朝生風子



歳月の中に目鼻を落としたる石仏は石へ還りてゆけり  荒井孝子



会話なく無口に髪を切る男この緊張は嫌いではない  上原康子



むらさきの看板「スナック洋子」あり住宅地のなか朝日を浴びて  野村裕心



シャボン玉吹けば見知らぬ幼らも一斉に駆け寄りて声上ぐ  河村奈美江