巨(おほ)き牛ぶつかりあへば場内に熟れたる果実の匂ひただよふ  関口博美



血の匂ひのこして黒き牛去ればにんげんの罪しばしかがよふ  関口博美



サングラスはづして御仏をろがみぬ 総身漆黒御眼一筋  川井怜子



蝉のこゑ聞きいれば蝉のこゑばかり恒河沙阿僧祇那由多不可思議  吉岡馨



「なるほど」と頷きくれる医師とゐてオリーブ色にひと日が暮れる  水原茜



いもうとの双子のむすめ仔うさぎのように寄り添い合っては笑う  中井守恵



上の子への愚痴を溢せばみどり児はヒヒと笑へりヒヒまあいいか  河村奈美江



伝統の街をうるほす清流にそひてあかるき朝市を行く  田村よしてる



うっかりと踏んでしまったぬかるみの道にわたしの人生がある  螟虫良



くきやかに風の流れの見ゆる眼が老化だなんて思いもよらぬ  荒井孝子



人間は笑ひすぎても死ぬといふ哀しきことを今宵知りたり  佐々木和彦



あす逝くをつゆも知らずにわが祖父は真赤なトマトかじりたりにき  越田慶子



長雨に湿りを帯びて繰り難き顧客満足度調査用紙は  三島麻亜子