ラベンダーのほそき花穂を摘みゆけばにおいぶくろとなる夏の肺  荒井孝子



人生の八合目了へたと念(おも)ふべし紫煙を拒む身体となれば  黒田英雄



高校生群るる電車のドア付近いびつな形に昏れのこりをり  関口博美



少年ら下車してのちに重力はつよくなりゆく、各駅停車  関口博美



はじめてのそして最後の夕日浴び解体家屋はからだを開く  勺禰子



ゆきあひの空をひととき惑ひたる鳥は透けつつ雲に入りしか  三島麻亜子



ただ立ちてゐたるのみにて役目をば果たしてゐたる電信柱  佐々木和彦



ひとしきり雨降り終へて許されし者のごとくに人らはなやぐ  松野欣幸



一分間額(ぬか)おしあててそと泣けり高祖母のやうな染井吉野に  田中あさひ(旧 田中曄子)



鍋の底肩いからせて磨きをりひとり生きるに力は抜けず  中島敦子



水道栓全開にしてたちまちにバケツに水の満つる嬉しも  吉岡馨