琺瑯のなべに煮立ててほのぼのと眉ぬらし飲むミルク紅茶を  渡英子



いだかれてみどりごはあり相寄れる悲しみの眉そこにひらくも  酒井佑子



土のない公園に葉は降り落ちて飴紙ひらくようなかそけさ  岩下静香



失明にちかづくドガが描きだす踊り子たちの影のかがやき  橘夏生



日本語に<初木枯らし>とあるものを<木枯らし一号>などとなぜ呼ぶ  川明



朝の陽が部屋ふかくまでとどくときトンボ鉛筆森の香はなつ  金沢早苗



親の愛は山より高い 死後もなお年金パラサイトの宿主たち  吉岡生夫



従業員を女将が怒鳴りいるらしき声聞こえれど笊蕎麦うまし  西勝洋一



夜ごと夜ごとわたしの頭を受け止めて枕も夢を見るのであらう  真木勉



蜉蝣の羽ほど軽く無為の日のただうつくしく暮れてゆくなり  守谷茂泰



絵でいへば自画像ばかり描いてゐる画家のやうなり歌人といふは  長谷川莞爾



ボーリングの球に穴三つ人の首なれば鼻の穴及び口とぞおもふ  川本浩美



みほとけの口をポカンとあけたるを見しことはなきが眠る七歳  本多稜



猫の額ほどの資産も所有せぬ潔よさとは違う貧しさ  山本栄子



ものくるる友はよろしと口ずさみ宅配便に記す印影  森澤真理



自己責任ジコセキニンと唱えつつ誰もいぬ赤信号渡る  岩本喜代子



肉厚の葉を布巾もて清めおる人あり倦きオフィスの午後に  藤原龍一郎



天井のゆらめくひかりがうれしくてゆつくりあげる背泳ぎのうで  三井ゆき



わが妻のどこにもあらぬこれの世をただよふごとく自転車を漕ぐ  小池光



わがこころちりぢりになりてありしかばわがからだぼろぼろになりて寄り添ふ  小池光