悲しみはテレビ画面をあふれだしわが乱雑の部屋を満たせり  藤原龍一郎



早く逃げてとテレビ画面に右の手を我は思わず差し出しており  山本栄子



ビニールハウス呑まるるにただ息のむのみ空ゆく鳥の目となりわれは  古本史子



瞬く間に波にのまれし町おもひ人らおもひて 呆然と春  人見邦子



震災の年に生まれし生徒らの巣立つた午後に地震が襲ふ  桑原憂太郎



誰もみな不安と怖れを抱きゐむと一体感もて立つ交差点  蒔田さくら子



友のごとく見知らぬ人と労わりあう未曾有の揺れにおののきしあと  金二順



烈しかりし地震のあとに相寄りし名も知らぬ人と別れ惜しみき  岩崎堯子



帰りきて押入れにある防災のリュックの軽みに嘲笑(わら)って泣ける  間ルリ



手をのばす テレビ画面の向かうがは泥にまみれしランドセルあり  斎藤典子



五百米先まで流されたわが家を見つけた、と津波被災者言ふに慄く  鈴木裕子



ぬかるみに行方不明の人探す隊員の頰に土かわきおり  伊藤直子



救はれし88歳の老人の運より不運にわれは怯えつ  黒田英雄



彼(か)は死にき吾(あ)は死なざりき 彼は生まれ吾も生まれ彼は突如断たれき  斎藤寛



間近なる山の姿は変はらねど暮らせしところ瓦礫のみなり  中田公子



美容院のひるにみたりし週刊誌女性自身の表紙が瓦礫  佐々木通代



揺れて揺れて小舟のように頼りなき東京に暮らす今日も明日も  佐山みはる



照明を少し落としたドトールでけふも一杯のコーヒーすする  西尾正美



地震酔ひの身を沈めれば溢れでる湯はこともなく流れて消えぬ  小出千歳



     『日付のある歌』三月十一日 くもりのち雨
十一年まへ河野裕子は脂身にあをびかりする烏呼びにき  花鳥佰



鳥の声聞こえぬことが前触れと知るは震災三日後のこと  滝田恵水



気丈なる一人住まひの義姉にして米のなきことほつり言ひ来る  森敏子



男はガソリン女は米の残量を気にして生きる震災五日目  薄葉茂



米、ガソリンあぎとふごとく購へり地震ののちの十三日目  川井怜子



日本の家族やいかにと問いくるるメトロの駅にアラブの人が  川口かよ子