地上みな漆黒の闇その空につきさす様な細き月あり  下舘みえ子



こんな夜に星をみようときみは言うきみが夫でよかったと思う  黒崎聡美



吉兆としてまたたけり少年の少女のゆめに春の星々  藤原龍一郎



震度6強 日常断たれ見あげればオリオン痛きまでにかがやく  会田美奈子



地震の過ぎたる後の星空は太古にかへりかがやき増せり  寺島弘



三ヶ所に大地震起ればわが国は太古の海に戻りゆくかも  小島美奈子



らふそくを灯しつつをりまにまにも吹き消してをり余震つぎつぎ  菅八重子



東北が揺れるときには大阪もしめやかに揺れわれに報せる  川島眸



この時間きみに電気は届かずに我は電気を消してよりそう  津和歌子



うす暗き部屋に窓より入り来るフェルメールの絵のごとき光は  安藤厚子



一燭のもとにて書けばよみがへる戦(いくさ)の日あり超えて来にけり  蒔田さくら子



停電に灯(とも)すらふそく揺れゆれてミルク飲む子の頰かたかげる  池田弓子



夫(つま)はしきりに昔を語る夕餉どき懐中電灯照らせる中に  山下柚里子



ライフラインなべて断たれし地震(なゐ)の夜を小鳥のやうに眠るほかなし  洞口千恵



猫よけのペットボトルの水沸かし味噌汁つくる地震(なゐ)の翌朝  洞口千恵



町がない家がないただ土台だけ残りしうへに朝の陽を踏む  菅八重子



東北の被災民らは泣きじやくりわれの代はりに苦しみてゐる  田中浩



朝焼けの海の底では幾万のひとの弔ひつづくであらう  西橋美保



「ガンバレ」の空々しさがしみる春白痴のようなみすずの朗読  佐々木ゆか



空爆で人が死んでる震災で人が死んでるまだ満ち足りぬ  渡口航



今われのまなこを通し数知れぬ死者達が梅の花を見ている  守谷茂泰



早々と真鯉緋鯉の泳ぎたる空のどこかは東北の空  前田靖子



三月十一日花粉満つる昼を帰り来つ沈丁花一枝(いつし)を盗み  酒井佑子