■
森を透きて遠き水べの明かりつつ犬と人行く世は事もなし 酒井佑子
第一徴兵保険が東邦生命となりAIGエジソン生命保険となりぬ 室井忠雄
いちにちの一番大事なことを言うとき子の唇(くち)は少しとんがる 鶴田伊津
近代の歌人を貧乏と金持に分け、貧乏にこころひかれる 山寺修象
李香蘭が蘇州夜曲を歌ふとき白黒映画にくれなゐが射す 有沢螢
もう止めようもうやめようと思ひつつまた掻き集め歌を送りぬ 大橋弘志
白髪(しらかみ)にゆびを入れれば頭皮まで冷たきははをかなしみにけり 紺野裕子
恐竜の遊具の腹の中にゐて五人の子供ぐちやぐちやになる 大森浄子
寝た切りになつてしまへり一人子のわがまま男の明るき父が 庭野摩里
群れ咲ける白き十字の花よけて喪の家までの道を辿りぬ 藤本喜久恵
復(また)の春恃みて今年のさくら散り変はらぬものと変はりたるもの 蒔田さくら子
サイモン&ガーファンクルが好きだったのか通夜の会場に流れておりぬ 西勝洋一
特売品えらびて買えばレシートに特、特、特と打たれ寂しき 林悠子
黒きもの抱へて生きる自分へのご褒美くろき真珠をえらぶ 西橋美保
目に見えぬ記憶いちやうならぬ身のひとりひとりがバスに乗り込む 三井ゆき
ああ俺が部分入れ歯洗浄剤とふ今生の箱をあがなふ 大森益雄
けふひと日誰にもあはず電柱にのぼりゆく人と眼(まなこ)あひたり 斎藤典子
今ごろになつて気がつきガスストーブの元栓閉めるああ時は流れる 小池光
上司、部下もたぬわれなり昼過ぎのオフィスは雨のしたたり聞こゆ 宇田川寛之