■
誰ひとり顔を上げねど部屋ぢゆうの目玉がうごく咳きこむたびに 関口博美
塗れ染めし茶虎猫(ねこ)の毛のごとゆふぐれて河野裕子のゐない絶望 黒田英雄
南蛮絵の中にはだへのくろきひと幾人もをりて荷役をになふ 小出千歳
長き丸太の椅子の置かれて足湯あり人の通らぬ湯の町のはづれ 小島熱子
うつむいて冬の星座を憶えゆく十四歳の額(ぬか)のしずけさ 中井守恵
斯くまでに舌つ足らずな口調にて語られ得るか気象予報は 來宮有人
トイレには相田みつをの暦など飾られている 母のしわざか 木嶋章夫
骨壺にせむと買ひたる小さき壺箪笥の奥にひとつ年越ゆ 柘植周子
ボブ・ディラン「風に吹かれて」百回ほど車で聴いてなほ飽かざりき 長谷川知哲
銀杏樹は舟形光背さんぜんとかがよふごとしほとけまさねど 吉岡馨
指先より冷え初むる朝ポケットに切符の稜(かど)の尖りたしかむ 三島麻亜子
窓したに自転車三台ならびにき子に友は来て日の暮れ早し 越田慶子