誰ひとり顔を上げねど部屋ぢゆうの目玉がうごく咳きこむたびに  関口博美



塗れ染めし茶虎猫(ねこ)の毛のごとゆふぐれて河野裕子のゐない絶望  黒田英雄



南蛮絵の中にはだへのくろきひと幾人もをりて荷役をになふ  小出千歳



長き丸太の椅子の置かれて足湯あり人の通らぬ湯の町のはづれ  小島熱子



うつむいて冬の星座を憶えゆく十四歳の額(ぬか)のしずけさ  中井守恵



斯くまでに舌つ足らずな口調にて語られ得るか気象予報は  來宮有人



トイレには相田みつをの暦など飾られている 母のしわざか  木嶋章夫



骨壺にせむと買ひたる小さき壺箪笥の奥にひとつ年越ゆ  柘植周子



ボブ・ディラン「風に吹かれて」百回ほど車で聴いてなほ飽かざりき  長谷川知哲



銀杏樹は舟形光背さんぜんとかがよふごとしほとけまさねど  吉岡馨



指先より冷え初むる朝ポケットに切符の稜(かど)の尖りたしかむ  三島麻亜子



窓したに自転車三台ならびにき子に友は来て日の暮れ早し  越田慶子