駅に着く電車の窓はくもりゐて深く息して人を吐き出す  山根洋子



答へなきうつつに迷ひ明快な分量に焼くパウンドケーキ  松岡圭子



幸(さち)ゆえに笑むのかえむからしあわせか体感温度はいつでも春日  今井ゆきこ



辛口の物言い増える年の瀬の松前漬けは薄味にする  上野節子



鉄棒を掴み息子はいつまでも逆さにならない空を見上げる  工藤足知



角がとれ小さくなった石けんは私の肌をきれいにしたのか  戸川純



むかし馬の息みだれけむわが家の前より急なる羽州街道  松岡圭子



花道をさがる役者の足取りの半ばを過ぎてにはかに速し  佐藤由美



そのめぐり善男善女群れつどひ露坐の大仏青空に映ゆ  伊東一如



卓上に置かれし柿はたらちねの母の手よりも大きかりけり  河村栄二



雪の朝庭に残りし足跡の心細げは誰なのだろう  北山有子



むき出しの肩甲骨も踊りおりエアロビクスのリズムに乗りて  海野雪



同郷であっても嫌いな人はいる西郷隆盛長渕剛  水島修



不覚にもたった一回笑いたり穂村弘の「にょっき」を読んで  椎名夕声